脳卒中は、後遺症として言語障害が現れることがあります。これは生活の質に大きく影響する深刻な問題です。 実際、脳卒中患者の多くが言語障害を経験し、日常生活でのコミュニケーションに困難を抱えています。
言語障害には種類があり、「りんご」といった簡単な単語が出てこない、文章が理解できない、ろれつが回らないなど、症状は様々です。 これらの症状は、脳のどの部分が損傷したかによって異なり、適切なリハビリテーションが必要になります。
この記事では、脳卒中による言語障害の種類、症状、そして回復段階ごとのリハビリテーション方法について詳しく解説します。
回復への道のりは長く、個人差も大きいですが、諦めずに適切なケアを続けることで改善が期待できます。 ご自身やご家族が脳卒中による言語障害に直面している方は、ぜひこの記事を参考にして、適切なサポートを受けてください。
目次
脳卒中による言語障害の種類と症状

脳卒中は、脳の血管が詰まったり破れたりすることで脳に障害が起こり、様々な後遺症が現れることがあります。その中でも、言語障害は生活の質に大きな影響を与える後遺症の一つです。
言語障害にはいくつかの種類があり、症状も異なります。ご自身の症状やご家族の症状を理解し、適切なリハビリテーションや支援につなげるためにも、まずはどのような種類の言語障害があるのかを知ることが大切です。
失語症:言葉の意味理解や表出が困難になる
失語症は、脳の言語中枢(言葉をつかさどる脳の領域)が損傷を受けることで、言葉の意味を理解したり、表現したりすることが難しくなる障害です。
「りんご」のような簡単な単語が出てこなかったり、「今日は良い天気ですね」といった簡単な文章が理解できなかったりするなど、話す、聞く、読む、書くといった言語機能全体に影響が出ることがあります。
失語症にはいくつかの種類があり、脳の損傷部位によって症状が異なります。
例えば、言葉は理解できるのに話すことができない場合や、逆に流暢に話せるのに言葉の意味が理解できない場合などがあります。
ある研究では、脳梗塞に対する血管内治療(カテーテルを用いて血管内から血栓を取り除く治療)後の集中的な血圧管理(収縮期血圧を140mmHg未満に維持)は、90日後の機能的自立度(日常生活動作の自立度)を低下させる可能性が示唆されています。これは、血圧を下げすぎると脳への血流が低下し、言語機能の回復に悪影響を与える可能性があるためと考えられます。このことから、脳卒中後の血圧管理は、患者さんの状態に合わせて適切に行う必要があることがわかります。

失語症への気づき
脳梗塞で入院した65歳の男性患者さんに「調子はいかがですか?」と尋ねると、「はい、えーと、あの、そう、はい」と返答されました。
言いたいことがあるのに言葉が出てこない様子で、とても困った表情をされていました。これは「ブローカ失語」という言語障害で、言葉を理解することはできるのに、話すことが困難になる症状です。
患者さん自身がもどかしさを感じている様子を見て、言語障害は単に話せないだけでなく、患者さんの心に大きなストレスを与えることを実感し、家族や周囲の理解も必要なのだと感じました。
構音障害:ろれつが回らない、発音が不明瞭になる
構音障害は、口、舌、喉などの筋肉の動きがうまくコントロールできなくなり、発音が不明瞭になる障害です。ろれつが回らなかったり、特定の音が発音できなかったり、かすれ声になったりします。「パタカラ」などの発音練習が難しく感じることもあります。構音障害は、脳卒中だけでなく、他の神経系の病気や加齢によっても起こることがあります。
例えば、舌の動きが悪くなると「サ行」「タ行」「ナ行」「ラ行」の発音が難しくなり、「さしすせそ」が「はひふへほ」のように聞こえたり、「たちつてと」が「ちゃちちゅちょ」のように聞こえたりすることがあります。
運動障害型失語:言葉を発することが難しい
運動障害型失語(ブローカ失語)は、言葉を話すことが難しくなる失語症の一種です。 脳の前頭葉にあるブローカ野という言語中枢が損傷することで起こります。話したい言葉がなかなか出てこなかったり、短い単語でしか話せなかったり、文法的に不自然な話し方になったりします。一方で、相手の言葉は比較的理解できることが多いという特徴があります。
例えば、「今日は…病院…行きます」のように、短い単語で話す、助詞が抜ける、文法的に不自然な話し方になるなどの症状がみられます。
感覚性失語:言葉の意味を理解することが難しい
感覚性失語(ウェルニッケ失語)は、言葉の意味を理解することが難しくなる失語症の一種です。脳の側頭葉にあるウェルニッケ野という言語中枢が損傷することで起こります。相手が話している言葉が理解できなかったり、自分が話している言葉が支離滅裂で意味不明な言葉になったりします。話すこと自体は流暢にできることが多いですが、話の内容が全くかみ合わなくなってしまうこともあります。
例えば、相手が「今日は天気がいいですね」と話しかけても、その意味を理解できず、全く関係のない返答をしてしまうことがあります。また、自分では意味のあることを話しているつもりでも、実際には言葉が支離滅裂で、相手に理解してもらえないということもあります。
それぞれの言語障害は単独で起こることもあれば、組み合わさって起こることもあります。重要なことは、早期に適切なリハビリテーションを開始することです。
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脳卒中後の言語障害の回復とリハビリテーション

脳卒中で言語障害が残ってしまうと、コミュニケーションが困難になり、日常生活にも大きな支障をきたすことがあります。ご本人にとっては、伝えたいことが伝えられないもどかしさ、ご家族にとっては、どのように接したら良いのか戸惑いを感じられるかもしれません。
脳卒中後の言語障害は、適切なリハビリテーションを行うことで改善が期待できます。回復の程度や期間は、脳の損傷の場所や範囲、年齢、健康状態などによって個人差があり、一概に「ここまで回復する」と断言することはできません。
しかし、諦めずにリハビリテーションを続けることで、より良い状態を目指せる可能性が高まります。
回復段階:急性期、回復期、維持期の特徴
脳卒中後のリハビリテーションは、大きく分けて急性期、回復期、維持期の3つの段階に分けて行われます。それぞれの段階の特徴を理解し、適切なリハビリテーションを行うことが重要です。
急性期(発症直後~約1~2ヶ月): この時期は、脳へのダメージが最も大きく、安静が必要な時期です。身体の状態が落ち着いていないため、リハビリテーションはベッド上で行う簡単な運動や、言語聴覚士による発声の練習、絵カードを使った簡単なコミュニケーションなどが中心となります。この急性期は、命に関わる合併症のリスクも高く、血圧管理が非常に重要になります。近年の研究では、急性冠症候群(ACS:心臓の血管が詰まりかけている状態)の患者さんが心臓カテーテル治療後に脳卒中を起こすリスク要因として、高血圧が挙げられています。高血圧は脳卒中の大きなリスク要因の一つであるため、注意深く管理する必要があります。
回復期(約3~6ヶ月): この時期は、脳の機能が回復していく時期であり、集中的なリハビリテーションを行うことで、より効果的な改善が期待できます。急性期よりも運動の強度を高め、日常生活動作(食事、着替え、トイレ、入浴など)の練習にも取り組みます。言語聴覚士による専門的なリハビリテーションもこの時期から本格的に開始します。この時期のリハビリテーションは、その後の回復に大きく影響するため、ご本人の頑張りだけでなく、ご家族のサポートも重要になります。
維持期(約6ヶ月以降~): この時期は、回復した機能を維持し、社会復帰や再発を予防するためのリハビリテーションが中心となります。自宅での生活の中で、継続的にリハビリテーションに取り組むことが大切です。脳卒中の後遺症として高次脳機能障害がある場合は、医療保険適用期間が180日と長くなります。その後の維持期では介護保険が適用されます。継続的なリハビリテーションは、回復した機能の維持だけでなく、生活の質の向上にも繋がります。
具体的なリハビリテーション方法:絵カード、発声練習など
言語障害のリハビリテーション方法は、症状に合わせて様々な方法があります。
- 絵カード: 具体的な絵を見て、物の名前を答える練習をします。最初は簡単な絵から始め、徐々に複雑な絵へと進みます。
- 発声練習: 口や舌の動き、呼吸法を意識しながら、はっきりとした発声の練習をします。「パタカラ」などの発音練習も有効です。
- 書字訓練: 文字の読み書きの練習を通じて、言語機能の回復を促します。
- コンピューターを使った訓練: 症状によっては、タブレットやパソコンを用いた訓練を行うこともあります。
家庭でできるリハビリテーション:家族との会話、読書など
病院でのリハビリテーションだけでなく、家庭でもできるリハビリテーションはたくさんあります。日常生活の中で自然に取り組めるものが効果的です。
- 家族との会話: 日常会話を通して、自然な形で言語機能を使う練習ができます。無理に話させようとせず、リラックスした雰囲気で会話することが大切です。
- 読書: 文字を読むことで、言葉の理解力を高めることができます。最初は短い文章から始め、徐々に長い文章へと進みます。
- 計算問題: 簡単な計算問題を解くことで、思考力と言語機能を同時に鍛えることができます。
- 歌を歌う、詩を吟じる: 音程やリズムに合わせて発声することで、発声機能の改善に役立ちます。
言語聴覚士(ST)の役割と連携
言語聴覚士(ST)は、言語障害の専門家です。患者さんの状態に合わせたリハビリテーションプログラムを作成し、指導を行います。
また、患者さんやご家族からの相談にも対応します。言語聴覚士と密に連携を取り、自宅でも実践できるリハビリテーション方法を学ぶことが重要です。
回復に役立つ支援制度:介護保険、医療費助成など
脳卒中後のリハビリテーションには、医療保険や介護保険などの公的な支援制度が利用できます。これらの制度を利用することで、経済的な負担を軽減しながら、リハビリテーションを継続することができます。担当の医師や医療ソーシャルワーカーに相談してみましょう。
脳卒中後の言語障害は、患者さんにとって大きな負担となりますが、適切なリハビリテーションと支援制度を活用することで、症状の改善や社会復帰を目指せる可能性があります。焦らず、諦めずに、一歩ずつ進んでいきましょう。
まとめ

脳卒中後の言語障害は、種類や症状、回復段階も人それぞれです。後遺症が残るとコミュニケーションが困難になりやすいですが、適切なリハビリテーションを行うことで改善が期待できます。
回復期には集中的なリハビリテーションに取り組み、維持期には回復した機能を維持するための取り組みや社会復帰を目指します。
言語聴覚士や医療ソーシャルワーカーと連携を取り、絵カードや発声練習などのリハビリテーション方法を学び、自宅でも実践していくことが大切です。
焦らず、諦めずに、一歩ずつ、そして、ご家族や医療関係者と協力しながら、より良い状態を目指していきましょう。
参考文献
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- Qanitha A, Alkatiri AH, Qalby N, Soraya GV, Alatsari MA, Larassaphira NP, Hanifah R, Kabo P and Amir M. Determinants of stroke following percutaneous coronary intervention in patients with acute coronary syndrome: a systematic review and meta-analysis. Annals of medicine 57, no. 1 (2025): 2506481.

-情報提供医師
松本 和樹 Kazuki Matsumoto
和歌山県立医科大学 医学部卒業
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