脳卒中の嚥下障害と食事の工夫【医師監修】

脳卒中 嚥下障害
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脳卒中は、脳の血管が詰まったり破れたりすることで様々な機能に影響を及ぼしますが、中でも「食べる」という当たり前の行為に困難が生じる嚥下障害は、患者にとって大きな負担となります。1999年の調査では脳卒中患者の約30%に嚥下障害が見られ、食事の喜びを奪うだけでなく、誤嚥性肺炎という命に関わる合併症のリスクも高めます。

この記事では、脳卒中後の嚥下障害の症状や原因、そしてそれを改善するためのリハビリテーションの方法や食事の工夫、介護者のための介助方法まで、幅広く解説します。

食べる喜びを取り戻し、安全で快適な食生活を送るためのヒントが満載です。

脳卒中後の嚥下障害:症状と原因

脳卒中は、脳の血管が詰まったり破れたりすることで、脳の様々な機能に影響を及ぼす病気です。その影響の一つとして、食べ物をうまく飲み込めなくなる「嚥下障害(えんげしょうがい)」があります。脳卒中を経験された方の多くが、この嚥下障害に悩まされ、「食べる」という当たり前の行為に困難を感じ、不安やストレスを抱えています。

この章では、嚥下障害の症状や原因について、わかりやすく説明します。

普段、私たちは無意識に食べ物を飲み込んでいますが、実はこの動作は非常に複雑な過程を経ています。脳卒中によって脳の一部が損傷すると、この複雑な過程がうまくいかなくなり、嚥下障害が起こるのです。

脳卒中後の嚥下障害:症状と原因
脳卒中後の嚥下障害:症状と原因

嚥下障害の種類と症状

嚥下障害にはいくつかの種類があり、症状も人によって様々です。主な種類と症状を以下に示します。

  • 片側性の大脳病変による嚥下障害: 脳卒中によって脳の片側が損傷した場合に起こります。食べ物が口からこぼれたり、むせたり、飲み込みにくくなるといった症状が現れます。食事中に、食べ物が頬袋に溜まってしまうこともあります。


  • 偽性球麻痺(ぎせいきゅうまひ): 脳卒中によって、延髄よりも上の脳の部分が損傷することで起こります。食べ物が口の中に残ったり、うまく噛めなかったり、舌の動きが悪くなったり、ろれつが回らなくなったりするなどの症状が現れます。


  • 球麻痺(きゅうまひ): 延髄にある嚥下中枢が損傷することで起こります。唾液(つば)が飲み込みにくくなったり、むせたり、声がかすれたりするなどの症状が現れます。


これらの症状は単独で現れることもあれば、複数組み合わさって現れることもあります。

脳卒中による嚥下障害のメカニズム

私たちの脳は、食べ物を飲み込むための一連の複雑な運動を制御しています。この運動には、口、舌、咽頭(いんとう:のど)、食道など、多くの器官が関わっています。脳卒中で脳の神経細胞が損傷すると、これらの器官の協調運動が乱れ、嚥下障害が起こるのです。

また、「嚥下障害」は飲み込みだけの問題ですが、別で「摂食嚥下障害」という障害もあります。摂食嚥下障害は、口の中で噛むことから飲み込みまでの食事全体に関わる問題を指します。脳の働きが悪くなることで、食べ物を認識する、口に運ぶ、噛む、のどに送るという一連の動作がスムーズにできなくなるためです。食べ物がのどに詰まったり、気管に入ってしまう危険性も高くなります。

口腔機能の検査と適切な訓練により、安全に食事ができるよう改善していくことが大切です。

心臓のカテーテル治療である経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を受けた急性冠症候群(ACS)の患者さんの約1%に脳卒中が起こることが報告されています。この脳卒中が原因で嚥下障害が生じることもあります

また、脳梗塞に対する血栓摘出術という治療の後、脳が腫れてしまう「悪性脳浮腫」が起こることがあります。悪性脳浮腫も嚥下障害の原因となります。血栓摘出術後のCT検査で、造影剤を使用した際に脳が白くはっきりと見えると、悪性脳浮腫のリスクが高いとされています。

最近の研究では、脳梗塞に対する血栓摘出術後の悪性脳浮腫の予測因子として、術前のアルバータ脳卒中プログラム早期CTスコア(ASPECTS)の低値や動脈閉塞の長さが関連していることが報告されています。

嚥下障害の程度を調べる検査

嚥下障害の程度を調べる検査には、以下のようなものがあります。

  • 問診と視診: 医師が患者さんの状態や症状について詳しく聞き、口の中やのどの動きなどを観察します。


  • 嚥下造影検査(VF): バリウムという白い液体を飲んでレントゲンを撮り、食べ物がどのように飲み込まれているかを調べます。VFはVideofluorographyの略です。


  • 内視鏡嚥下検査(VE): 細いカメラを使って、のどの内部を観察します。VEはVideoendoscopyの略です。


  • 嚥下機能評価テスト: 水やゼリーなどを飲み込んでもらい、むせたり詰まったりしないかを調べます。


誤嚥性肺炎のリスク因子

嚥下障害があると、食べ物が気管(きかん)に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」が起こりやすくなります。その結果、誤嚥性肺炎という、命に関わることもある肺炎を起こす危険性が高まります。

誤嚥性肺炎のリスクを高める要因には、嚥下障害以外にも、意識レベルの低下、口腔ケアが不十分なこと、高齢であること、持病(基礎疾患)があることなどが挙げられます。

また、脳梗塞の血管内治療後に血圧を下げる薬を多く使用すると、90日後の日常生活の自立度が下がるという研究結果もあります。血圧のコントロールも、誤嚥性肺炎の予防に関係している可能性があるため、注意が必要です。

嚥下障害の改善と食事療法

脳卒中後のリハビリテーションの中で、特に「食べること」への不安は大きな負担となる方が少なくありません。食事は単に栄養を摂るだけでなく、日々の楽しみや喜びにも繋がる大切な行為です。嚥下障害があると、食事中にむせたり、食べ物が飲み込みにくくなったりすることで、食事の時間が苦痛になってしまうこともあります。また、誤嚥性肺炎といった深刻な合併症のリスクも高まります。

しかし、適切なリハビリテーションと食事療法を行うことで、安全に、そして楽しく食事ができるように改善することは十分可能です。

この章では、嚥下障害を改善するための具体的な方法、そして「食べる喜び」を取り戻すためのヒントをご紹介いたします。

嚥下障害の改善と食事療法
嚥下障害の改善と食事療法

嚥下リハビリテーションの方法

嚥下リハビリテーションは、専門家である言語聴覚士(ST: Speech-Language-Hearing Therapist)が患者さんの状態に合わせて、個別のプログラムを作成・実施します。STは、発声や言語、そして嚥下(飲み込み)に関する専門家です。

リハビリテーションの内容は、大きく分けて3つあります。

  1. 口や舌、喉の筋肉を鍛える運動: 舌を動かす、口を大きく開閉する、声を出す、息を強く吐き出すといった運動を通して、食事に使う筋肉を強化し、食べ物をスムーズに動かせるようにします。筋力が低下していると、食べ物が口の中に残ったり、食道へ送りにくくなってしまうため、これらのトレーニングは非常に重要です。


  2. 飲み込む練習: 最初は水やゼリーなど、飲み込みやすいものから始めます。徐々に固さや量を増やしていき、最終的には普通の食事ができるように練習します。食べ物の温度やとろみも調整することで、より安全に飲み込めるようになります。


  3. 感覚刺激: 舌や口の中の感覚を刺激することで、嚥下反射を促す方法です。冷たいものや酸味のあるもの、炭酸飲料などを用いることがあります。


家庭でできる嚥下訓練のポイント

専門家によるリハビリテーションの効果を高めるためには、家庭での継続的な訓練も大切です。毎日こつこつ続けることで、嚥下機能の改善を促し、食事の時間をより安全で快適なものにすることができます。

  • 口腔ケア: 口の中を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防に不可欠です。食後だけでなく、朝起きた時や寝る前にも歯磨きやうがいを欠かさず行いましょう。歯ブラシだけでなく、舌ブラシを使って舌苔(ぜったい:舌の表面につく白い苔状のもの)を除去することも効果的です。


  • 舌の運動: 舌を前に出したり、左右に動かしたり、上顎に押し付けたりする運動を、1回5秒程度、1日数回行います。これらの運動は、舌の筋肉を鍛え、食べ物を効率的に動かすのに役立ちます。


  • 空嚥下: 唾(つば)を飲み込むように、何も口に入れていない状態でゴクンと飲み込む練習です。唾液の分泌を促し、飲み込む感覚を再確認する効果があります。1日数回繰り返しましょう。


嚥下しやすい食事の工夫:とろみ調整、食材の選び方

嚥下しやすい食事にするための工夫は、食事を安全に、そして楽しく続けるために非常に重要です。

食材の選び方や調理方法、とろみ調整など、様々な工夫を凝らすことで、食事の質を落とすことなく、安全に食べることができます。

  • とろみ調整: 水分が飲み込みにくい場合は、とろみ剤を使って飲み物にとろみをつけます。とろみをつけることで、飲み物が気管に入り込むのを防ぎ、安全に飲み込めるようになります。とろみの強さは、患者さんの状態に合わせて調整します。市販のとろみ剤には様々な種類があるので、言語聴覚士に相談して適切なものを選びましょう。


  • 食材の選び方: 柔らかい食材を選び、食べやすい大きさに切ったり、すりつぶしたりすることで、咀嚼(そしゃく:噛むこと)や嚥下が容易になります。野菜は柔らかく煮込んだり、肉はひき肉にしたりすると、より食べやすくなります。


嚥下障害に適した食事のレシピ例

  • 鶏ひき肉と野菜のあんかけ丼: 鶏ひき肉は消化がよく、柔らかく調理しやすい食材です。野菜も柔らかく煮て、あんかけにすることで、さらに飲み込みやすくなります。


  • 白身魚と豆腐のあんかけ: 白身魚は高タンパクで低脂肪な食材です。骨を取り除き、柔らかく蒸してから、豆腐と一緒にあんかけにすると、栄養バランスも良く、消化にも優しい料理になります。


  • かぼちゃのポタージュ: かぼちゃはビタミンや食物繊維が豊富で、柔らかく煮やすい食材です。ポタージュにすることで、とろみがつき、飲み込みやすくなります。


誤嚥を防ぐための食事姿勢と注意点

誤嚥を防ぐためには、正しい姿勢で食事をすることが重要です。食事中の姿勢や一口量、水分補給のタイミングなどを工夫することで、誤嚥のリスクを軽減することができます。

  • 姿勢: 背筋を伸ばして座り、顎を引いて少し前かがみの姿勢で食事をします。この姿勢をとることで、食べ物が食道へスムーズに流れ込みやすくなります。


  • 一口量: 一度にたくさんの量を口に入れないようにし、よく噛んでから飲み込みます。一口量が少なければ、それだけ誤嚥のリスクも軽減されます。


  • 水分補給: 食後すぐの水分補給は避け、30分ほど時間を置いてからにしましょう。


介護者のための介助方法

介護者が食事を介助する際には、患者さんの状態をよく観察し、安全に配慮しながら行うことが大切です。

焦らず、患者さんのペースに合わせてゆっくりと介助することで、食事の時間を安心して過ごせるようにサポートできます。

  • 声かけ: 食べ物を口に入れる前に、「これから食べ物を口に入れますよ」などと声をかけて、患者さんが心の準備をできるようにします。


  • ペース: 患者さんのペースに合わせて、ゆっくりと介助します。焦って食べさせようとすると、誤嚥のリスクを高める可能性があります。


  • 確認: 食べ物がちゃんと飲み込めたか、むせていないかなどを確認しながら介助します。


松本美衣
松本美衣

水分摂取の工夫
嚥下障害のある65歳女性患者が「水が一番飲みにくい」と訴えました。意外に思われるかもしれませんが、水のようなサラサラした液体は最も誤嚥しやすく危険です。
言語聴覚士と協力して、とろみをつけた飲み物やゼリー状の水分を提案しました。最初は「ドロドロして美味しくない」と嫌がられましたが、安全に水分補給ができることを実感されると、積極的に取り組むようになりました。
「飲み込みやすさ」と「安全性」は必ずしも一致しないため、専門的な評価に基づいた食事調整が重要です。

福祉用具を活用した食事支援

嚥下障害のある方の食事をサポートするために、様々な福祉用具が開発されています。これらの用具を適切に活用することで、より安全で快適な食事が可能になります。

  • スプーン・フォーク: 持ちやすく、食べ物がこぼれにくい形状のスプーンや、刺しやすいフォーク、麺類がすくいやすいフォークなどがあります。


  • 食器: 傾斜がついていることで、食べ物が手前に集まりやすくなっている食器や、底が浅くなっている食器などがあります。


  • カップ: 飲み物が飲みやすいように、ストロー付きのカップや、持ち手が工夫されているカップ、飲み口が細くなっているカップなどがあります。


遠位中程度血管閉塞を伴う急性期虚血性脳梗塞の治療において、血管内治療は機能予後を改善せず、症状を伴う頭蓋内出血のリスクを高める可能性があるという研究結果が出ています。これは、脳卒中後の嚥下障害のリハビリテーションにおいても重要な示唆を与えてくれます。

つまり、発症早期からの集中的なリハビリテーションと適切な食事療法、そして合併症予防の徹底が、患者さんのQOL向上に不可欠なのです。

まとめ

脳卒中後の嚥下障害は、患者さんの生活の質を大きく左右する問題です。この記事では、嚥下障害の種類、症状、原因、検査方法、そしてリハビリテーションの方法や食事の工夫など、幅広く解説しました。

嚥下障害は、適切なリハビリテーションと食事療法、そして日常生活での工夫によって改善することが可能です。専門家である言語聴覚士の指導のもと、自宅でも継続的にトレーニングを行い、食事を安全に、そして楽しく食べられるように工夫していきましょう。家族や介護者の方々は、患者さんの状態を理解し、適切なサポートをすることが大切です。

紹介したレシピや福祉用具なども参考に、患者さんが「食べる喜び」を取り戻せるよう、共に取り組んでいきましょう。

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